んだ。高級三百顔色なし。照陽殿裏第一人だよ。あたかも可《よし》、学校も照陽女学校さ。」
 と冷えた茶をがぶりと一口。浮かれの体とおいでなすって、
「はは、僕ばかりじゃない、第一母様が気に入ったさ。あれなら河野家の嫁にしても、まあまあ……恥かしくない、と云って、教頭に尋ねたら、酒井妙子と云うんだ。ちょっと、教員室で立話しをしたんだから、委《くわし》いことは追てとして、その日は帰った。
 すると昨日《きのう》、母様がここへ訪ねて来たろう。帰りがけに、飯田町から見附《みつけ》を出ようとする処で、腕車《くるま》を飛ばして来た、母衣《ほろ》の中のがそれだッたって、矢車の花を。」
 と言いかけて、床の間を凝《じっ》と見て、
「ああ、これだこれだ。」
 ひょいと腰を擡《もた》げて、這身《はいみ》にぬいと手を伸ばした様子が、一本《ひともと》引抜《ひんぬ》きそうに見えたので、
「河野!」
「ええ、」
「それから。おい、肝心な処だ。フム、」
 乗って出たのに引込まれて、ト居直って、
「あの砂埃《すなほこり》の中を水際立って、駈け抜けるように、そりゃ綺麗だったと云うのだ。立留って見送ると、この内の角へ車を下
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