。お源もまた、」
 と指の尖《さき》で、鬢《びん》をちょいと掻《か》きながら、袖を女中の肩に当てて、
「お前もやっぱり言うんだもの、半纏着た奥様《おくさん》が、江戸に在るものかね。」
「だって、ねえ、め[#「め」に傍点]のさん。」
 とお源は袖を擦抜けて、俎板《まないた》の前へ蹲《しゃが》む。
「それじゃ御新造《ごしんぞ》かね。」
「そんなお銭《あし》はありやしないわ。」
「じゃ、おかみさん。」
「あいよ。」
「へッ、」
 と一ツ胸でしゃくって笑いながら、盤台を下ろして、天秤《てんびん》を立掛ける時、菠薐草を揃えている、お源の背《せな》を上から見て、
「相かわらず大《おおき》な尻だぜ、台所充満《だいどこいっぱい》だ。串戯《じょうだん》じゃねえ。目量《めかた》にしたら、およそどのくれえ掛るだろう。」
「お前さんの圧《おし》ぐらい掛ります。」
「ああいう口だ。はははは、奥さんのお仕込みだろう。」
「め[#「め」に傍点]の字、」
「ええ、」
「二階にお客さまが居るじゃないか、奥様《おくさん》はおよしと言うのにね。」
「おっと、そうか、」
 ぺろぺろと舌を吸って、
「何だって、日蔭ものにして置
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