冠を被《かぶ》ったよりは嬉しがるのを知らねえのか。傍《はた》の目からは筵《むしろ》と見えても、当人には綾錦《あやにしき》だ。亭主は、おい、親のものじゃねえんだよ。
 己が言うのが嘘だと思ったら、お道さんに聞いて見ねえ。病院長の奥様より、馬小屋へ入《へえ》っても、早瀬と世帯が持ちたいとよ。お菅さんにも聞いて見ねえ。」
「不埒《ふらち》な奴だ?」
 と揺《ゆらめ》いた英臣の髯の色、口を開《あ》いて、黒煙に似た。
「不埒は承知よ。不埒を承知でした事を、不埒と言ったって怯然《びく》ともしねえ。豪《えら》い、と讃《ほ》めりゃ吃驚《びっくり》するがね。
 今更慌てる事はないさ、はじめから知れていら。お前さんの許《とこ》のような家風で、婿を持たした娘たちと、情事《いろごと》をするくらい、下女を演劇《しばい》に連出すより、もっと容易《たやす》いのは通相場よ。
 こう、もう威張ったって仕ようがねえ。恐怖《おっかな》くはないと言えば、」
 と微笑《ほほえ》みながら、
「そんな野暮な顔をしねえで、よく言うことを聞け、と云うに。――
 おい、まだ驚く事があるぜ。もう一枝、河野の幹を栄《さかえ》さそうと、お前さ
前へ 次へ
全428ページ中420ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング