った髪を、お妙が、はらりと掉《ふ》ったので、颯《さっ》と流れた薄雲の乱るる中から、ふっと落ちた一握《ひとにぎり》の黒髪があって、主税の膝に掛ったのである。
 早瀬は氷を浴びたように悚然《ぞっ》とした。
「お蔦さんに託《ことづか》ったの。あの、記念《かたみ》にね、貴下に上げて下さいッて、主税さん、」
 と向う状《ざま》に、椅子の凭《かかり》に俯伏《うつぶ》せになると、抜いて持った簪《かんざし》の、花片が、リボンを打って激しく揺れて、
「もうその他《ほか》には逢えないのよ。」
 お蔦の記念の玉の緒は、右の手に燃ゆるがごとく、ひやひやと練衣《ねりぎぬ》の氷れるごとき、筒井筒振分けて、丈にも余るお妙の髪に、左手《ゆんで》を密《そっ》と掛けながら、今はなかなかに胴据《どうすわ》って、主税は、もの言う声も確《たしか》に、
「亡くなったものの髪毛《かみのけ》なんぞ。……
 飛んでも無い。先生が可《い》い、とおっしゃいましたか、奥様が可い、とおっしゃったんですかい。こんなものをお頭《つむり》へ入れて。御出世前の大事なお身体《からだ》じゃありませんか。ああ、鶴亀々々、」
 と貴いものに触るように、静《し
前へ 次へ
全428ページ中403ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング