ございますと。」
馴染んでいるから、黙って頷《うなず》いて室を出て、表階子の方へ跫音《あしおと》がして、それぎり忙しい夕暮の蝉の声。どこかの室で、新聞を朗読するのが聞えたが、ものの五分間|経《た》ったのではなかった。二階もまだ下り切るまいと思うのに、看護婦が、ばたばた忙《せわ》しく引返して、発奮《はずみ》に突込むように顔を出して、
「お客様ですよ。」
「島山さんの?」
と言う、呼吸《いき》も引かず、早瀬は目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って茫然とした。
昨夜《ゆうべ》の事の不思議より、今|目前《まのあたり》の光景を、かえって夢かと思うよう、恍惚《うっとり》となったも道理。
看護婦の白衣にかさなって、紫の矢絣《やがすり》の、色の薄いが鮮麗《あざやか》に、朱緞子《しゅどんす》に銀と観世水のやや幅細な帯を胸高に、緋鹿子《ひがのこ》の背負上《しょいあ》げして、ほんのり桜色に上気しながら、こなたを見入ったのは、お妙である!
「まあ!……」
ときょとんとして早瀬はひたと瞻《みつ》めた。
「主税さん。」
と、一年越、十年《ととせ》も恋しく百年《ももとせ》も可懐《なつ
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