三十八

「どうもこうもありはしません、それが当前じゃありませんか。義、周の粟を食《くら》わずとさえ云うんだ。貴女、」
 と主税は澄まして言い懸けたが、常《ただ》ならぬ夫人の目の色に口を噤《つぐ》んだ。菅子は息急《いきぜわ》しい胸を圧《おさ》えるのか、乳《ち》の上へ手を置いて、
「何だって、そりゃあんまりだわ、早瀬さん、」
 と、ツンとする。
「不都合ですとも! 島山さんが喜ばないのに、こうして節々おいでなさるんです。
 それでいて、家庭の平和が保てよう法は無い。実はこうこうだ、と打明けて、御主人の意見にお任せなさい。私もまた卑怯な覚悟じゃありません。事実明かに、その人の好まない自分の許《とこ》へ令夫人《おくがた》をお寄せ申すんだから、謹んで島山さんの思わくに服するんだ。
 だから貴女もそうなさい。懊悩《おうのう》も煩悶《はんもん》も有ったもんか。世の中には国家の大法を犯し、大不埒《だいふらち》を働いて置いて、知らん顔で口を拭いて澄ましていようなどと言う人があるが、間違っています。」
 夫人はこれを戯《たわむれ》のように聞いて、早瀬の言《ことば》を露も真《まこと》とは思わぬ
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