私《わたくし》は不思議な縁で、去年静岡へ参って……しかもその翌日でした。島山さんのと、浅間を通った時、茶店へ休んで、その貞造に逢ったんです。それからこういう秘密な事を打明けられるまで、懇意になって、唯今の処じゃ、是非貴女のお耳へ入れなくってはなりませんほど、老人|危篤《きとく》なのでございます。
 私でさえ、これは一番《ひとつ》貴女に願って、逢ってやって頂きたいと思いましたから、今迄|幾度《いくたび》か病人に勧めても見ましたけれども、いやいや、何にも御存じない貴女に、こういう事をお聞かせ申すのは、足を取って地獄へ引落すようなもの。あとじゃ月も日も、貴女のお目には暗くなろう。お最惜《いとし》い、と貞造が頭《かぶり》を掉《ふ》ります。
 道理《もっとも》だと控えました。もっとも私も及ばずながら医師《いしゃ》の世話もしたんです、薬も飲ませました。名高い医学士でお在《いで》なさるから一ツ河野さんの病院へ入院してはどうか、余所《よそ》ながらお道さんのお顔を見られようから、と云いましたが、もっての外だ、と肯《き》きません。
 清い者です。
 人の悪い奴で御覧なさい、対手《あいて》が貴女の母様《おっ
前へ 次へ
全428ページ中343ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング