かった病人で、翌日《あす》も待たないという容体なんです。
六十近い老人で、孫子はもとより、親類《みより》らしい者もない、全然《まるっきり》やもめで、実際形影相弔うというその影も、破蒲団《やぶれぶとん》の中へ消えて、骨と皮ばかりの、その皮も貴女、褥摺《とこず》れに摺切れているじゃありませんか。
日の光も見えない目を開いて、それでただ一目、ただ一目、貴女、夫人《おくさん》の顔が見たいと云います。」
「ええ、」
「御介抱にも及びません、手を取って頂くにも及びません、言《ことば》をお交わし下さるにも及びません、申すまでもない、金銭の御心配は決して無いので。真暗《まっくら》な地獄の底から一目貴女を拝むのを、仏とも、天人とも、山の端《は》の月の光とも思って、一生の思出に、莞爾《にっこり》したいと云うのですから、お聞届け下さると、実に貴女は人間以上の大善根をなさいます。夫人《おくさん》、大慈大悲の御心持で、この願いをお叶え下さるわけには参りませんか、十分間とは申しません。」
と、じりじりと寄ると、姉夫人、思わず膝を進めつつ、
「どこの、どんな人でございますの。」
「直《じ》きこの安東《あんとう
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