今日は、」
と少し打傾いて、姉夫人が、物優しく声をかける。
「ひゃあ、」と打魂消《うったまげ》て棒立ちになったは、出入《ではい》りをする、貴婦人の、自分にこんな様子をしてくれるのは、ついぞ有った験《ためし》が無いので。
車夫が門外から飛込んで来て駒下駄を直す。
「AB横町でしたかね。あすこへ廻りますから、」
「へい、へい、ペロペロの先生の。」と心得たるものである。
三十一
早瀬は、妹が連れて父の住居《すまい》へも来れば病院へも二三度来て知っているが、新聞にまで書いた、塾の(小使)と云う壮佼《わかいもの》はどんなであろう。男世帯だと云うし、他に人は居ないそうであるから、取次にはきっとその(小使)が出るに違いない、と籠勝《こもりがち》な道子は面白いものを見もし聞《きき》もしするような、物珍らしい、楽しみな、時めくような心持《ここち》もして、早や大巌山が幌《ほろ》に近い、西草深のはずれの町、前途《さき》は直ぐに阿部の安東村になる――近来《ちかごろ》評判のAB横町へ入ると、前庭に古びた黒塀を廻《めぐ》らした、平屋の行詰った、それでも一軒立ちの門構《もんがまえ》、低く傾い
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