たのに、独語教授、と看板だけ新しい。
 車を待たせて、立附けの悪い門をあければ、女の足でも五歩《いつあし》は無い、直《じ》き正面の格子戸から物静かに音ずれたが、あの調子なれば、話声は早や聞えそうなもの、と思う妹の声も響かず、可訝《おかし》な顔をして出て来ようと思ったその(小使)でもなしに、車夫のいわゆるぺろぺろの先生、早瀬主税、左の袖口の綻《ほころ》びた広袖《どてら》のような絣《かすり》の単衣《ひとえ》でひょいと出て、顔を見ると、これは、とばかり笑み迎えて、さあ、こちらへ、と云うのが、座敷へ引返《ひっかえ》す途中になるまで、気疾《きばや》に引込んでしまったので、左右《とこう》の暇《いとま》も無く、姉夫人は鶴が山路に蹈迷《ふみまよ》ったような形で、机だの、卓子《テイブル》だの、算を乱した中を拾って通った。
 菅子さんは、と先ず問うと、まだ見えぬ。が、いずれお立寄りに相違ない。今にも威勢の可い駒下駄の音が聞えましょう。格子がからりと鳴ると、立処《たちどころ》にこの部屋へお姿が露《あらわ》れますからお休みなさりながらお待ちなさい、と机の傍《わき》に坐り込んで、煙草《たばこ》を喫《の》もうとし
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