で、
「大変でございます。お台所口へいらっしゃいます。」
「ええ、こちらへ、」
と裾を捌《さば》くと、何と思ったか空を望み、破風《はふ》から出そうにきりりと手繰って、引窓をカタリと閉めた。
「あれ、奥様。」
「お前、そのお盆なんぞ、早くよ。」と釣鐘にでも隠れたそうに、肩から居間へ飜然《ひらり》と飛込む。
驚いたのはお源坊、ぼうとなって、ただくるくると働く目に、一目輝くと見たばかりで、意気地なくぺたぺたと坐って、偏《ひとえ》に恐入ってお辞儀をする。
「御免なさいよ。」
と優《やさし》い声、はッと花降る留南奇《とめき》の薫に、お源は恍惚《うっとり》として顔を上げると、帯も、袂《たもと》も、衣紋《えもん》も、扱帯《しごき》も、花いろいろの立姿。まあ! 紫と、水浅黄と、白と紅《くれない》咲き重なった、矢車草を片袖に、月夜に孔雀《くじゃく》を見るような。
め[#「め」に傍点]組が刎返《はねかえ》した流汁の溝溜《どぶだまり》もこれがために水澄んで、霞をかけたる蒼空《あおぞら》が、底美しく映るばかり。先祖が乙姫に恋歌して、かかる処に流された、蛙の児よ、いでや、柳の袂に似た、君の袖に縋《すが》
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