り》を圧《おさ》える。
「朝湯々々、」と莞爾《にっこり》笑う。
「軍師なるかな、諸葛孔明《しょかつこうめい》。」といい棄てに、ばたばたどんと出て行ったは、玄関に迎えるのである。
 ふらふらとした目を据えて、まだ未練にも茶碗を放さなかった、め[#「め」に傍点]組の惣助、満面の笑《えみ》に崩れた、とろんこの相格《そうごう》で、
「いよう、天人。」と向うを覗《のぞ》く。
「不可《いけな》いよ、」
 と強《きつ》く云う、お蔦の声が屹《きっ》としたので、きょとんとして立つ処を、横合からお源の手が、ちょろりとその執心の茶碗を掻攫《かっさら》って、
「失礼だわ。」
 と極《き》めつける。天下大変、吃驚《びっくり》して、黙って天秤《てんびん》の下へ潜ると、ひょいと盤台の真中《まんなか》へ。向うの板塀に肩を寄せたは、遠くから路を開く心得、するするとこれも出て行《ゆ》く。
 もう、玄関の、格子が開《あ》きそうなものだと思うと、音もしなければ、声もせぬので、お蔦が、
「御覧、」と目配せする。
 覗くは失礼と控えたのが、遁腰《にげごし》で水口から目ばかり出したと思うと、反返《そりかえ》るように引込《ひっこ》ん
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