ら、婦人《おんな》の凧《たこ》が切れて来たかと、お源が一文字に飛込んだ。
「旦《だ》、旦那様、あの、何が、あの、あのあの、」


     矢車草

       十

 お源のその慌《あわただ》しさ、駈《か》けて来た呼吸《いき》づかいと、早口の急込《せきこみ》に真赤《まっか》になりながら、直ぐに台所から居間を突切《つっき》って、取次ぎに出る手廻しの、襷《たすき》を外すのが膚《はだ》を脱ぐような身悶《みもだ》えで、
「真砂町《まさごちょう》の、」
「や、先生か。」
 真砂町と聞いただけで、主税は素直《まっすぐ》に突立《つった》ち上る。お蔦はさそくに身を躱《かわ》して、ひらりと壁に附着《くッつ》いた。
「いえ、お嬢様でございます。」
「嬢的、お妙《たえ》さんか。」
 と謂《い》うと斉《ひと》しく、まだ酒のある茶碗を置いた塗盆を、飛上る足で蹴覆《けかえ》して、羽織の紐《ひも》を引掴《ひッつか》んで、横飛びに台所を消えようとして、
「赤いか、」
 お蔦を見向いて面《おもて》を撫でると、涼しい瞳で、それ見たかと云う目色《めつき》で、
「誰が見ても……」と、ぐっと落着く。
「弱った。」と頭《つむ
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