れとも下かね。どっち道その人じゃねえ。何でも馬丁の因果のたねは婦人《おんな》なんだ。いずれ縁附いちゃいるだろうが、これほど確《たしか》な事はねえ。私《わっし》ア特別で心得てるんで、誰も知っちゃいますめえよ。知らぬは亭主ばかりなりじゃねえんだから、御存じは魚屋|惣助《そうすけ》(本名)ばかりなりだ。
 はははは、下郎は口のさがねえもんだ。」
 ぐいと唇を撫でた手で、ポカリと茶碗の蓋《ふた》をした。
「危え、危え、冷かしに行くどころじゃねえ。鰒汁《てっぽう》とこいつだけは、命がけでも留《や》められねえんだから、あの人のお酌でも頂き兼ねねえ。軍医の奥さんにお手のもので、毒薬《いっぷく》装《も》られちゃ大変だ。だが、何だ、旦那も知らねえ顔でいておくんねえ、とかく町内に事なかれだからね。」
「ああ、お前ももうおいででない。」
「行くもんか、行けったってお断りだ。お断り、へへへ、お断り、」
 と茶碗を捻《ひね》くる。
「厭《いや》な人だよ。仕様がないね、さあ、茶碗をお出しなね。」
「おお、」
 と何か考え込んだ、主税が急に顔を上げて、
「もうちっと精《くわ》しくその話を聞かせないか。」
 井戸端か
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