下水の溜りに目を着けた。
 もとより、溝板《どぶいた》の蓋《ふた》があるから、ものの形は見えぬけれども、優《やさし》い連弾《つれびき》はまさしくその中。
 笑《えみ》を含んで、クウクウと吹き鳴らすと、コロコロと拍子を揃えて、近づいただけ音を高く、調子が冴えてカタカタカタ!
「蛙だね。」
 と莞爾《にっこり》した、その唇の紅を染めたように、酸漿を指に取って、衣紋《えもん》を軽《かろ》く拊《う》ちながら、
「憎らしい、お源や…………」
 来て御覧、と呼ぼうとして、声が出たのを、圧《おさ》えて酸漿をまた吸った。
 ククと吹く、カタカタ、ククと吹く、カタカタ、蝶々の羽で三味線《さみせん》の胴をうつかと思われつつ、静かに長《た》くる春の日や、お蔦の袖に二三寸。
「おう、」と突込《つっこ》んで長く引いた、遠くから威勢の可《い》い声。
 来たのは江戸前の魚屋で。

       二

 ここへ、台所と居間の隔てを開け、茶菓子を運んで、二階から下りたお源という、小柄《こがら》の可《い》い島田の女中が、逆上《のぼ》せたような顔色《かおつき》で、
「奥様、魚屋が参りました。」
「大きな声をおしでないよ。」
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