塀の前を、用水が流るるために、波打つばかり、窓掛に合歓《ねむ》の花の影こそ揺れ揺れ通え、差覗く人目は届かぬから、縁の雨戸は開けたままで、心置なく飲めるのを、あれだけの酒|好《ずき》が、なぜか、夫人の居ない時は、硝子杯《コップ》へ注《つ》ける口も苦そうに、差置いて、どうやら鬱《ふさ》ぐらしい。
 襖《ふすま》が開《あ》いた、と思うと、羽織なしの引掛帯《ひっかけおび》、結び目が摺《ず》って、横になって、くつろいだ衣紋《えもん》の、胸から、柔かにふっくりと高い、真白《まっしろ》な線を、読みかけた玉章《たまずさ》で斜めに仕切って、衽下《おくみさが》りにその繰伸《くりのば》した手紙の片端を、北斎が描いた蹴出《けだし》のごとく、ぶるぶるとぶら下げながら出た処は、そんじょ芸者《それしゃ》の風がある。
「やっと寝かしつけたわ。」
 と崩るるように、ばったり坐って、
「上の児《こ》は、もう原《もと》っから乳母《ばあや》が好《い》いんだし、坊も、久しく私と寝ようなんぞと云わなかったんだけれども、貴下にかかりっきりで構いつけないし、留守にばっかりしたもんだから、先刻《さっき》のあの取ッ着かれようを御覧な
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