やあって、
「驚きました。」
「驚いたでしょう、可い気味、」
と嬉しそうに、勝誇った色が見えたが、歩行《ある》き出そうとして、その茅家をもう一目。
「しかし極《きまり》が悪かってよ。」
「何とも申しようはありません。当座の御礼のしるし迄に……」と先刻《さっき》拾って置いた菫色の手巾を出すと、黙って頷《うなず》いたばかりで、取るような、取らぬような、歩行《ある》きながら肩が並ぶ。袖が擦合うたまま、夫人がまだ取られぬのを、離すと落ちるし、そうかと云って、手はかけているから……引込めもならず……提げていると……手巾が隔てになった袖が触れそうだったので、二人が斉《ひと》しく左右を見た。両側の伏屋《ふせや》の、ああ、どの軒にも怪しいお札の狗《いぬ》が……
貸小袖
十五
今来た郵便は、夫人の許《もと》へ、主人《あるじ》の島山理学士から、帰宅を知らせて来たのだろう……と何となくそういう気がしつつ――三四日日和が続いて、夜になってももう暑いから――長火鉢を避《よ》けた食卓の角の処に、さすがにまだ端然《きちん》と坐って、例の(菅女部屋。)で、主税は独酌にして、ビイル。
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