「いえ、一ツ心当りは無いか、家《うち》を聞いて見ようと思うんです。見物より、その方が肝心ですもの。」
「ああ、そうね。」
「どこか、貸家はあるまいか。」
「へい、無い事もござりませぬが、旦那様方の住まっしゃりますような邸は、この居まわりにはござりませぬ。鷹匠町《たかじょうまち》辺をお聞きなさりましたか、どうでござります。」
「その鷹匠町辺にこそ、御邸ばかりで、僕等の住めそうな家はないのだ。」
「どんなのがお望みでござりまするやら、」
「廉《やす》いのが可《い》い、何でも廉いのが可いんだよ。」
「早瀬さん。」と、夫人が見っともないと圧《おさ》えて云う。
「長屋で可いのよ、長屋々々。」
 と構わず、遣るので、また目で叱る。
「へへへ、お幾干《いくら》ばかりなのをお捜しなされまするやら。」
 心当りがあるか、ごほりと咳きつつ、甘酒の釜の蔭を膝行《いざ》って出る。
「静岡じゃ、お米は一升|幾干《いくら》だい。」
「ええ。」
「厭よ、後生。」
 と婆さんを避《よ》けかたがた、立構えで、夫人が肩を擦寄せると、早瀬は後《うしろ》へ開いて、夫人の肩越に婆さんを見て、
「それとも一円に幾干だね、それから
前へ 次へ
全428ページ中264ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング