し》へ上る、この男坂の百四段も、見たばかりで、もうもう慄然《ぞっ》とする慄然《ぞっ》とする、」
 と重そうな頭《かぶり》を掉《ふ》って、顔を横向きに杖を上げると、尖《さき》がぶるぶる震う。
 こなたに腰掛けたまま、胸を伸して、早瀬が何か云おうとした、(構わず休らえ、)と声を懸けそうだったが、夫人が、ト見て、指を弾《はじ》いて禁《と》めたので黙った。
「そんなら帰りに寄りなされ、気をつけて行かっしゃいよ。」
 物は言わず、睡《ねむ》るがごとく頷くと、足で足を押動かし、寝ン寝子広き芭蕉の影は、葉がくれに破れて失せた。やがてこの世に、その杖ばかり残るであろう。その杖は、野墓に立てても、蜻蛉《とんぼ》も留まるまい。病人の居たあとしばらくは、餌を飼っても、鳩の寄りそうな景色は無かった。
「お婆さん、」
 と早瀬が調子高に呼んだ。
 さすがに滅入っていた婆さんも、この若い、威勢の可い声に、蘇生《よみがえ》ったようになって、
「へい、」
「今の、風説《うわさ》ならもう止しっこ。私は見たばかりで胸が痛いのよ。」
 と、威《おど》しては可《い》けそうもないので、片手で拝むようにして、夫人は厭々をした。

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