ああ、谷屋のかい、じゃ構わないよ、こちらへ、」
 と云いかけて、主税を見向いて、
「かくまって有る人だから……ほほほほ、そっちへ行《ゆ》きましょうよ。」
 衣紋《えもん》を直したと思うと、はらりと気早に立って、踞《つくば》った婢《おんな》の髪を、袂で払って、もう居ない。
 トきょとんとした顔をして、婢は跡も閉めないで、のっそり引込む。
 はて心得ぬ、これだけの構《かまえ》に、乳母の他はあの女中ばかりであろうか。主人は九州へ旅行中で、夫人が七日ばかりの留守を、彼だけでは覚束ない。第一、多勢の客の出入に、茶の給仕さえ鞠子はあやしい、と早瀬は四辺《あたり》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》したが――後で知れた――留守中は、実家《さと》の抱《かかえ》車夫が夜|宿《とま》りに来て、昼はその女房が来ていたので。昼飯の時に分ったのでは、客へ馳走は、残らず電話で料理屋から取寄せる……もっとも、珍客というのであったかも知れぬ。
 そんな事はどうでも可いが、不思議なもので、早瀬と、夫人との間に、しきりに往来《ゆきき》があったその頃しばらくの間は、この家に養われて中学へ通っている書生の、
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