中に入りきりの事があってよ。蔵には書物が一杯ですから。父さんはね、医者なんですけれど、もと個人、人一人二人の病《やまい》を治すより、国の病を治したい、と云う大《おおき》な希望《のぞみ》の人ですからね。過年《いつか》、あの、家族主義と個人主義とが新聞で騒ぎましたね。あの時も、父様《とうさん》は、東京の叔父さんだの、坂田(道学者)さんに応援して、火の出るように、敵と戦ったんだわ。
 惜い事に、兄さん(英吉)も奔走してくれたんですけれど、可い機関がなくって、ほんの教育雑誌のようなものに掲《の》ったものですから、論文も、名も出ないでしまって、残念だからって、一生懸命に遣ってますの。確か、貴下の先生の酒井さんは、その時の、あの敵方の大立ものじゃなくって?」
 と不意に質問の矢が来たので、ちと、狼狽《まご》ついたようだったが、
「どうでしたか、もう忘れましたよ。」と気《け》もなく答える。
 別に狙ったのでないらしく、
「でも、何でしょう、貴下《あなた》は、やっぱり、個人主義でおいでなさるんでしょう。」
「僕は饅頭主義で、番茶主義です。」
 と、なぜか気競《きお》って云って、片手で饅頭を色気なくむし
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