ありませんが。」
 主税のこの挨拶は、真《まこと》に如才の無いもので。熟々《つくづく》視ればどこにか俤《おもかげ》が似通って、水晶と陶器《せと》とにしろ、目の大きい処などは、かれこれ同一《そっくり》であるけれども、英吉に似た、と云って嬉しがるような婦人《おんな》はないから、いささかも似ない事にした。その段は大出来だったが、時に衣兜《かくし》から燐寸《マッチ》を出して、鼻の先で吸つけて、ふっと煙を吐いたが早いか、矢のごとく飛んで来たボオイは、小火《ぼや》を見附けたほどの騒ぎ方で、
「煙草《たばこ》は不可《いか》んですな。」
「いや、これは。」主税は狼狽《うろた》えて、くるりと廻って、そそくさ扉《と》を開いて、隣の休憩室の唾壺《だこ》へ突込んで、喫《の》みさしを揉消《もみけ》して、太《いた》く恐縮の体で引返すと、そのボオイを手許《てもと》へ呼んで、夫人は莞爾々々《にこにこ》笑いながら低声《こごえ》で何か命じている。ただしその笑い方は、他人の失策を嘲けったのではなく、親類の不出来《ふでか》しを面白がったように見える。
「すっかり面目を失いました。僕は、この汽車の食堂は、生れてから最初《はじめ
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