」
貴婦人が嬉しそうにして尋ねると、青年はやや元気を失った体に見えて、
「どこと云って当なしなんです。当分、旅籠屋《はたごや》へ厄介になりますつもりで。」
もしそれならば、土地の様子が聞きたそうに、
「貴女《あなた》、静岡は御住居《おすまい》でございますか、それともちょっと御旅行でございますか。」
「東京から稼ぎに出ますんですと、まだ取柄はございますが、まるで田舎|俳優《やくしゃ》ですからお恥しゅう存じます。田舎も貴下《あなた》、草深《くさぶか》と云って、名も情ないじゃありませんか。場末の小屋がけ芝居に、お飯炊《まんまたき》の世話場ばかり勤めます、おやまですわ。」
と菫《すみれ》色の手巾《ハンケチ》で、口許を蔽《おお》うて笑ったが、前髪に隠れない、俯向《うつむ》いた眉の美しさよ。
青年は少時《しばらく》黙って、うっかり巻莨《まきたばこ》を取出しながら、
「何とも恐縮。決して悪気があったんじゃありません。貴女ぐらいな女優があったら、我国の名誉だと思って、対手《あいて》が外国人だから、いえ、まったくそのつもりで言ったんですが、真《まこと》に失礼。」
と真面目《まじめ》に謝罪《あや
前へ
次へ
全428ページ中228ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング