になり、
「是非がごわりませぬ。ともかく、早瀬子を説きまして、更《あらた》めて御承諾を願おうでごわりまする。が、困りましたな。ええ、先刻も飯田町の、あの早瀬子の居《お》らるる路地を、私《わたくし》通りがかりに覗《のぞ》きますると、何か、魚屋体のものが、指図をいたして、荷物を片着けおりまする最中。どこへ引越《ひっこ》される、と聞きましたら、(引越すんじゃない、夜遁《よに》げだい。)と怒鳴ります仕誼《しぎ》で、一向その行先も分りませんが。」
先生|哄然《こうぜん》として、
「はははは、事実ですよ。掏摸の手伝いをしたとかで、馬鹿野郎、東京には居られなくなって、遁げたんです。もうこちらへも暇乞《いとまごい》に来ましたが、故郷の静岡へ引込む、と云っていましたから、河野さんの本宅と同郷でしょう。御相談なさるには便宜かも知れません。……御随意に、――お引取を。」
ああ、媒酌人《なこうど》には何がなる。黄色い手巾《ハンケチ》を忘れて、礼之進の帰るのを、自分で玄関へ送出して、引返して、二階へ上った、酒井が次のその八畳の書斎を開けると、そこには、主税が、膳の前に手を支《つ》いて、畏《かしこま》って落涙
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