論ですね、お前、河野さんの嫁になるんだ。はい、と云うに間違いはありませんが、他《ほか》にもう一人、貴下からお話し下すって、承知をさせて頂きたいものがあるんです。どうでしょう、その者へ御相談下さるわけに参りましょうか。」
「お易い事で。何でごわりまするか、どちらぞ、御親類ででもおあんなさりまするならば、直ぐにこの足で駈着けましても宜しゅう存じまするで。ええ、御姓名、御住所は何とおっしゃる?」
「住居《すまい》は飯田町ですが、」
 と云う時、先生の肩がやや聳《そび》えた。
「早瀬ですよ。」
「御門生。」と、吃驚《びっくり》する。
「掏摸《すり》一件の男です。」と意味ありげに打微笑む。
 礼之進、苦り切った顔色《がんしょく》で、
「へへい、それはまた、どういう次第でごわりまするか、ただ御門生と承りましたが、何ぞ深しき理由でもおありなさりますと云う……」
「理由も何にもありません。早瀬は妙に惚れています。」と澄まして云った、酒井俊蔵は世に聞えたる文学士である。
 道学者はアッと痘痕、目を円《つぶら》かにして口をつぐむ。
「実の親より、当人より、ぞッこん惚れてる奴の意向に従った方が一番間違が無く
前へ 次へ
全428ページ中195ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング