。」
「あら、父上《とうさん》はお出掛け。」
「いいえ、車を持たせて、アバ大人を呼びますので、ははは。」


     はなむけ

       五十五

 媒妁人《なこうど》は宵の口、燈火《ともしび》を中に、酒井とさしむかいの坂田礼之進。
「唯今は御使で、特《こと》にお車をお遣わしで恐縮にごわります。実はな、ちょと私用で外出をいたしおりましたが、俗にかの、虫が知らせるとか申すような儀で、何か、心急ぎ、帰宅いたしますると、門口に車がごわりまして、来客《らいかく》かと存じましたれば、いや、」と、額を撫でて笑うのに前歯が露出《あらわ》。
「はははは、すなわち御持《おもた》せのお車、早速間に合いました。実は好都合と云って宜しいので、これと申すも、偏《ひとえ》に御縁のごわりまする兆《しるし》でごわりまするな、はあ、」
 酒井も珍らしく威儀を正して、
「お呼立て申して失礼ですが、家内が病気で居ますんで、」と、手を伸して、巻莨《まきたばこ》をぐっ、と抜く。
「時に、いかがでごわりまするな、御令室御病気は。御勝《おすぐ》れ遊ばさん事は、先達ての折も伺いましてごわりましてな。河野でも承り及んで、英吉君
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