。
「貴娘は、先生のように癇性《かんしょう》で、寒の中《うち》も、井戸端へ持出して、ざあざあ水を使うんだから、こうやって洗うのにも心持は可《い》いけれども、その代り手を墨だらけにするんです。爪の間へ染みた日にゃ、ちょいとじゃ取れないんですからね。」
「厭ねえ、恩に被《き》せて。誰も頼みはしないんだわ。」
「恩に被せるんじゃありません。爪紅《つまべに》と云って、貴娘、紅をさしたような美《うつくし》い手の先を台なしになさるから、だから云うんです。やっぱり私が居た時分のように、お玄関の書生さんにしてお貰いなさいよ。
ああ、これは、」
と片頬笑《かたほえ》みして、
「余り上等な墨ではありませんな。」
「可いわ! どうせ安いんだわ。もう私がするから可《よ》くってよ。」
「手が墨だらけになりますと云うのに。貴娘そんな邪険な事を云って、私の手がお身代《みがわり》に立っている処じゃありませんか。」
「それでもね、こうやってお召物を持っている手も、随分、随分(と力を入れて、微笑んで、)迷惑してよ。」
「相変らずだ。(と独言《ひとりごと》のように云って、)ですが、何ですね、近頃は、大層御勉強でございま
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