て》である。が、これは教場以外ではいかなる場合にても、こうであろうも計られぬ。
 はて、教頭ほどの者が、こんな訳ではない筈《はず》だが、と更《あらた》めて疑の目を挙げると、脊もすらりとして椅子に居る我を仰ぐよ、酒井の嬢《むすめ》は依然として気高いのである。
「酒井さん……」
 声の出処《でどころ》が、倫理を講ずるようには行《ゆ》かぬ。
 咽喉《のど》が狂って震えがあるので、えへん! と咳《しわぶ》いて、手巾《ハンケチ》で擦《こす》って、四辺《あたり》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》したが、湯も水も有るのでない、そこで、
「小ウ使いい、」と怒鳴った。
「へ――い、」
と謹んだ返事が響く。教頭はこれに因って、大《おおい》にその威厳を恢復《かいふく》し得て、勢《いきおい》に乗じて、
「貴娘《あなた》に聞く事があるのですが、」
「はい。」
「参謀本部の翻訳をして、まだ学校なども独逸語を持っていますな――早瀬主税――と云う、あれは、貴娘の父様《とうさん》の弟子ですな。」
「ええ、そう…………」
「で、貴娘の御宅に置いて、修業をおさせなすったそうだが、一体あれの幾歳ぐらいの時
前へ 次へ
全428ページ中162ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング