生の命令《いいつけ》だ、切れっちまえ。
 俺を棄てるか、婦を棄てるか。
 むむ、この他《ほか》に言句《もんく》はないのよ。」
(どうだ。)と頤《あご》で言わせて、悠然と天井を仰いで、くるりと背を見せて、ドンと食卓に肱《ひじ》をついた。
「婦を棄てます。先生。」
 と判然《はっきり》云った。そこを、酌をした小芳の手の銚子と、主税の猪口《ちょく》と相触れて、カチリと鳴った。
「幾久く、お杯を。」と、ぐっと飲んで目を塞いだのである。
 物をも言わず、背向《うしろむ》きになったまま、世帯話をするように、先生は小芳に向って、
「そっちの、そっちの熱い方を。――もう一杯《ひとつ》、もう一ツ。」
 と立続けに、五ツ六ツ。ほッと酒が色に出ると、懐中物を懐へ、羽織の紐を引懸けて、ずッと立った。
「早瀬は涙を乾かしてから外へ出ろ。」
 小芳はひたと、酒井の肩に、前髪の附くばかり、後に引添《ひっそ》うて縋《すが》り状《ざま》に、
「お帰んなさるの。」
「謹が病気よ。」
 と自分で雨戸を。
「それは不可《いけ》ませんこと。」と縁側に、水際立ってはらりと取った、隅田の春の空色の褄《つま》。力なき小芳の足は、カラ
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