て俯向《うつむ》いた。
「その癖、当人は嫁入と云や鼠の絵だと思っているよ。」
 と云いかけて莞爾《かんじ》として、
「むむ、これは、猫の前で危い話だ。」
 と横顔へ煙を吹くと、
「引掻《ひっか》いてよ。」と手を挙げたが、思い出したように座を立って、
「どうしたんだろうねえ、電話は、」と呟《つぶや》いて出ようとする。
「おい、阿婆《おっかあ》は?」
「もう寐《ね》ました。」
「いや、老人《としより》はそう有りたい。」
 座の白ける間は措かず、綱次はすぐに引返《ひっかえ》して、
「姉さんは、もう先方《むこう》は出たそうですわ。」
 云う間程なく、矢を射るような腕車《くるま》一台、からからと門《かど》に着いたと思うと、
「唯今《ただいま》!」と車夫の声。

       三十八

「そうかい。」
 と……意味のある優しい声を、ちょいと誰かに懸けながら、一枚の襖《ふすま》音なく、すらりと開《あ》いて入ったのは、座敷帰りの小芳である。
 瓜核顔《うりざねがお》の、鼻の準縄《じんじょう》な、目の柔和《やさし》い、心ばかり面窶《おもやつれ》がして、黒髪の多いのも、世帯を知ったようで奥床しい。眉のやや
前へ 次へ
全428ページ中129ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング