伸ばして、摺鉢《すりばち》に伏せた目笊《めざる》を取る。
「そらよ、こっちが旦《だん》の分。こりゃお源坊のだ。奥様《おくさん》はあら[#「あら」に傍点]が可い、煮るとも潮《うしお》にするともして、天窓《あたま》を噛《かじ》りの、目球《めだま》をつるりだ。」
「私は天窓を噛るのかい。」
お蔦は莞爾《にっこり》して、め[#「め」に傍点]組にその笊を持たせながら、指の尖で、涼しい鯛の目をちょいと当る。
「ワンワンに言うようだわ、何だねえ、失礼な。」
とお源は柄杓《ひしゃく》で、がたりと手桶《ておけ》の底を汲《く》む。
「田舎ものめ、河野の邸へ鞍替《くらがえ》しろ、朝飯に牛《ぎゅう》はあっても、鯛《てえ》の目を食った犬は昔から江戸にゃ無えんだ。」
「はい、はい、」
手桶を引立《ひった》てて、お源は腰を切って、出て、溝板《どぶいた》を下駄で鳴らす。
「あれ、邪険にお踏みでない。私の情人《いろ》が居るんだから。」
「情人がね。」
「へい、」
と言ったばかり、こっちは忙がしい顔色《かおつき》で、女中は聞棄てにして、井戸端へかたかた行く。
「溝《みぞ》の中に、はてな。」
印半纏《しるしばんて
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