手を置いているにも係わらず、酒井はずッと立って、脊高《せだか》く車掌台へ出かけて、ここにも立淀む一団《ひとかたまり》の、弥次の上から、大路へ顔を出した……時であった。
 主客顛倒《しゅかくてんどう》、曲者の手がポカリと飛んで、礼之進の痘痕《あばた》は砕けた、火の出るよう。
「猿唐人め。」
 あろう事か、あっと頬げたを圧《おさ》えて退《すさ》る、道学者の襟飾《ネクタイ》へ、斜《はすっ》かいに肩を突懸《つっか》けて、横押にぐいと押して、
「何だ、何だ、何だ、何だと? 掏摸《すり》だ、盗賊《どろぼう》だと……クソを啖《くら》え。ナニその、胡麻和《ごまあえ》のような汝《てめえ》が面《つら》を甜《な》めろい! さあ、どこに私《わっし》が汝《てめえ》の紙入を掏《す》ったんだ。
 こっちあまた、串戯《じょうだん》じゃねえ。込合ってる中だから、汝の足でも踏んだんだろう、と思ってよ。足ぐれえ踏んだにしちゃ、怒りようが御大層だが、面を見や、踵《かかと》と大した違えは無えから、ははは、」
 と夜の大路へ笑《わらい》が響いて、
「汝《てめえ》の方じゃ、面を踏まれた分にして、怒りやがるんだ、と断念《あきら》めて
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