で、風が透いて、すっきり透明になって、行儀よく乗合の膝だけは揃いながら、思い思いに捻向《ねじむ》いて、硝子戸《がらすど》から覗く中に、片足膝の上へ投げて、丁子巴《ちょうじどもえ》の羽織の袖を組合わせて、茶のその中折を額深《ひたいぶか》く、ふらふら坐眠《いねむ》りをしていたらしい人物は、酒井俊蔵であった。
 けれども、礼之進が今、外へ出たと見ると同時に、明かにその両眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みひら》いた瞳には、一点も睡《ねむ》そうな曇《くもり》が無い。
 惟《おも》うに、乗合いの蔭ではあったが、礼之進に目を着けられて、例の(ますます御翻訳で。)を前置きに、(就きましては御縁女儀、)を場処柄も介《かま》わず弁じられよう恐《おそれ》があるため、計略ここに出たのであろう。ただしその縁談を嫌ったという形跡はいささかも見当らぬが。
「攫《や》られたのかい。」
「はい、」
 と見ると、酒井の向い合わせ、正面を右へ離れて、ちょうどその曲者の立った袖下の処に主税が居て、かく答えた。
「何でございますか、騒ぎです。」
 先生の前で、立騒いでは、と控えたが、門生が澄まし込んで冷淡に膝に
前へ 次へ
全428ページ中113ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング