車の動揺の都度、なるべく操りのポンチたらざる態度を保って、しこうして、乗合の、肩、頬、耳などの透間から、痘痕《あばた》を散らして、目を配って、鬢《びんずら》、簪《かんざし》、庇《ひさし》、目つきの色々を、膳の上の箸休めの気で、ちびりちびりと独酌の格。ああ、江戸児《えどッこ》はこの味を知るまい、と乗合の婦《おんな》の移香を、楽《たのし》みそうに、歯をスーと遣《や》って、片手で頤《あご》を撫でていたが、車掌のその御注意に、それと心付くと、俄然《がぜん》として、慄然《りつぜん》として、膚《はだ》寒うして、腰が軽い。
 途端に引込《ひっこ》めた、年紀《とし》の若い半纏着《はんてんぎ》の手ッ首を、即座の冷汗と取って置きの膏汗《あぶらあせ》で、ぬらめいた手で、夢中にしっかと引掴《ひッつか》んだ。
 道学先生の徳孤ならず、隣りに掏摸《すり》が居たそうな。
「…………」
 と、わなないて、気が上ずッて、ただ睨《にら》む。
 対手《あいて》は手拭《てぬぐい》も被《かぶ》らない職人体のが、ギックリ、髪の揺れるほど、頭《ず》を下げて、
「御免なすって、」と盗むように哀憐《あわれみ》を乞う目づかいをする。

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