《うなず》かされたのである。蓋《けだ》し事実であるから。


     一家一門

       二十

「それから、財産は先刻《さっき》も謂《い》った通り、一人一人に用意がしてある。病気なり、何なりは、父様も兄も本職だから注意が届くよ。その他は万事母様が預かって躾《しつ》けるんだ。
 好嫌《すききらい》は別として、こちらで他に求める条件だけは、ちゃんとこちらにも整えてあるんだから、強《あなが》ち身勝手ばかり謂うんじゃない。
 けれども、品行の点は、疑えば疑えると云うだろう。そこはね、性理上も斟酌《しんしゃく》をして、そろそろ色気が、と思う時分には、妹たちが、まだまだ自分で、男をどうのこうのという悪智慧《わるぢえ》の出ない先に、親の鑑定《めがね》で、婿を見附けて授けるんです。
 否《いや》も応も有りやしない。衣服《きもの》の柄ほども文句を謂わんさ。謂わない筈《はず》だ、何にも知らないで授けられるんだから。しかし間違いはない、そこは母さんの目が高いもの。」
「すると何かね、婿を選ぶにも、およそその条件が満足に解決されないと不可《いか》んのだね。」
「勿論さ、だから、皆《みんな》円満に遣っとるよ。第一の姉が医学士さね、直《じき》の妹の縁附いているのが、理学士。その次のが工学士。皆《みんな》食いはぐれはないさ。……今また話しのある四番目のも医学士さ、」
「妙に選取《えりど》って揃えたもんだな。」
「うむ、それは父様の主義で、兄弟|一家《いっけ》一門を揃えて、天下に一階級を形造ろうというんだ。なるべくは、銘々それぞれの収入も、一番の姉が三百円なら、次が二百五十円、次が二百円、次が百五十円、末が百円といった工合に長幼の等差を整然《きちん》と附けたいというわけだ。

 先ず行われている、今の処じゃ。そうしてその子、その孫、と次第にこの社会における地位を向上しようというのが理想なんです。例えば、今の代《よ》が学士なら、その次が博士さ、大博士さね。君。
 謂って見れば、貴族院も、一家族で一党を立てることが出来る。内閣も一門で組織し得るようにという遠大の理想があるんだ。また幸に、父様にゃ孫も八九人出来た。姪《めい》を引取って教育しているのも三四人ある。着々として歩を進めている。何でも妹たちが人才を引着けるんだ。」
 人事《ひとごと》ながら、主税は白面に紅《こう》を潮して、
「じゃ、君の妹たちは、皆学士を釣る餌だ。」
「餌でも可い、構わんね。藤原氏の為だもの。一人や二人|犠牲《ぎせい》が出来ても可いが、そりゃ大丈夫心配なしだ。親たちの目は曇りやしない。
 次第々々に地位を高めようとするんだから、奇才俊才、傑物は不可《いか》ん。そういうのは時々失敗を遣る。望む処は凡才で間違いの無いのが可いのだ。正々堂々の陣さ、信玄流です。小豆長光を翳《かざ》して旗下へ切込むようなのは、快は快なりだが、永久持重の策にあらず……
 その理想における河野家の僕が中心なんだろう。その中心に据《すわ》ろうという妻《さい》なんだから、大《おおい》に慎重の態度を取らんけりゃならんじゃないか。詰り一家《いっけ》の女王《クウィイン》なんだから、」
 河野は、渠《かれ》がいわゆる正々堂々として説くこと一条。その理想における根ざしの深さは、この男の口から言っても、例の愚痴のように聞えるのや、その落着かない腰には似ない、ほとんど動かすべからざる、確乎としたものであった。
「いや、よく解った、成程その主義じゃ、人の娘の体格検査をせざあなるまい。しかし私は厭《いや》だ! 私の娘なら断るよ、たとい御試験には及第を致しましても、」
 と冷かに笑うと、河野は人物に肖《に》ず、これには傲然《ごうぜん》として、信ずる処あるごとく、合点《のみこ》んだ笑い方をして、
「でも、条件さえ通過すれば、僕は娶《もら》うよ。ははは、きっと貰うね、おい、一本貰って行くぜ。」
 と脱兎のごとく、かねて計っていたように、この時ひょいと立つと、肩を斜めに、衣兜《かくし》に片手を突込んだまま、急々《つかつか》と床の間に立向うて、早や手が掛った、花の矢車。
 片膝立てて、颯《さっ》と色をかえて、
「不可《いけな》いよ。」
「なぜかい?」
 と済まして見返る。主税は、ややあせった気味で、
「なぜと云って、」
「はははは、そこが、肝心な処だ、と母様が云ったんだ。」
 と突立ったまま、ニヤリとして、
「早瀬、君がどうかしているんじゃないか、ええ、おい、妙子を。」

       二十一

 冷《れい》か、熱か、匕首《ひしゅ》、寸鉄にして、英吉のその舌の根を留めようと急《あせ》ったが、咄嗟《とっさ》に針を吐くあたわずして、主税は黙って拳《こぶし》を握る。
 英吉は、ここぞ、と土俵に仕切った形で、片手に花の茎《じく》を引掴《ひッつか》み
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