をポンと灰に投《なげ》て、仰向いて、頬杖《ほおづえ》ついて、片足を鳶《とんび》になる。
「御馳走と云えば内へ来るめ[#「め」に傍点]組だが、」
 皆まで聞かず、英吉は突放《つっぱな》したように、
「ありゃ君、もう来なくッても可いよ。余り失礼な奴だと、母様が大変感情を害したからね、君から断ってくれたまえ。」
 と真面目で云って、衣兜《かくし》から手巾《ハンケチ》をそそくさ引張出し、口を拭《ふ》いて、
「どうせ東京の魚だもの、誰のを買ったって新鮮《あたらし》いのは無い。たまに盤台の中で刎《は》ねてると思や、蛆《うじ》で蠢《うご》くか、そうでなければ比目魚《ひらめ》の下に、手品の鰌《どじょう》が泳いでるんだと、母様がそう云ったっけ。」
 め[#「め」に傍点]組が聞いたら、立処《たちどころ》に汝の一命|覚束《おぼつか》ない、事を云って、けろりとして、
「静岡は口の奢った、旨いものを食う処さ。汽車の弁当でも試《み》たまえ、東海道一番だよ。」
 主税はどこまでも髯のある坊ちゃんにして、逆らわない気で、
「いや、何か、手前どもで、め[#「め」に傍点]組のものを召食《めしあが》って、大層御意に叶ったから、是非寄越してくれと誰かが仰有《おっしゃ》るもんだから取あえず差立てたんだ。御家風を存じないでもなかったけれども、承知の上で、君がたってと云ったから、」
「僕は構わん。僕は構わんが、あの調子だもの、祖母《おばあ》さんや妹たちはもとよりだ。故郷《くに》から連れて来ている下女さえ吃驚《びっくり》したよ。母様は、僕を呼びつけて談じたです。あんなものに朋輩呼ばわりをされるような悪い事をしたか。そこいらの芸妓《げいしゃ》にゃ、魚屋だの、蒲鉾《かまぼこ》屋の職人、蕎麦《そば》屋の出前持の客が有ると云うから、お前、どこぞで一座でもおしだろう、とね、叱られたです。
 僕は何、あれは通りもんです。早瀬の許《とこ》へ行っても、同一《おなじ》く、今日は旨えものを食わせてやろう。居るか、と云った調子です、と云ったら、母様が云うにゃ、当前《あたりまえ》だ、早瀬じゃ、細君……」
 と云いかけて、ぐっと支《つか》えたが、ニヤリとして、
「君、僕は饒舌《しゃべ》りやしないよ。僕は決して饒舌らんさ。秘密で居ることを知ってるから、君の不利益になるような事は云わないがね、妹たちが知ってるんだ。どこかで聞いて来てたもんだから、ついね、」
 と気の毒そう。
「まあ、可い、そんな事は構わないが、僕と懇意にしてくれるんなら、もうちっと君、遊蕩《あそび》を控えて貰いたいね。
 昨日《きのう》も君の母様が来て、つくづく若様の不始末を愚痴るのが、何だか僕が取巻きでもして、わッと浮かせるようじゃないか。
 高利《アイス》を世話して、口銭を取る。酒を飲ませてお流《ながれ》頂戴。切々《せつせつ》内へ呼び出しちゃ、花骨牌《はなふだ》でも撒《ま》きそうに思ってるんだ。何の事はない、美少年録のソレ何だっけ、安保箭五郎直行《あほのやごろうなおゆき》さ。甚しきは美人局《つつもたせ》でも遣りかねないほど軽蔑《けいべつ》していら。母様の口ぶりが、」
 とややその調子が強くなったが、急に事も無げな串戯口《じょうだんぐち》、
「ええ、隊長、ちと謹んでくれないか。」
「母様の来ている内は謹慎さ。」
 と灰を掻きまわして、
「その代り、西洋料理七皿だ。」と火箸をバタリ。

       十五

「じゃあ色気より食気の方だ、何だか自棄《やけ》に食うようじゃないか。しかし、まあそれで済みゃ結構さ。」
「済みやしないよ、七皿のあとが、一銚子《ひとちょうし》、玉子に海苔《のり》と来て、おひけ[#「おひけ」に傍点]となると可いんだけれど、やっぱり一人で寝るんだから、大きに足が突張《つっぱ》るです。それに母様が来たから、ちっとは小遣があるし、二三時間駈出して行って来ようかと思う。どうだろう、君、迷惑をするだろうか。」
 と甘えるような身体《からだ》つき、座蒲団にぐったりして、横合から覗《のぞ》いて云う。
「何が迷惑さ。君の身体で、御自分お出かけなさるに、ちっとも迷惑な事はない。迷惑な事はないが……」
「いや、ところが今夜は、君の内へ来たことを、母様が知ってるからね。今のような話じゃ、また君が引張出したように、母様に思われようかと、心配をするだろうと云うんだ。」
「お疑いなさるは御勝手さ。癪《しゃく》に障ればったって、恐い事、何あるものか、君の母親《おふくろ》が何だ?」
 と云いかけて、語気をかえ、
「そう云っちまえば、実も蓋《ふた》もない。痛くない腹を探られるのは、僕だって厭《いや》だ。それにしても早瀬へ遊びに行くと云う君に、よく故障を入れなかったね。」
「うむ、そりゃあれです、君に逢わない内は疑《うたぐ》っていないでもなかったがね、
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