伺いますが、旅さきの事でございますし、それに御近所に参詣《おまいり》をしたい処もございますから。」
「ああ、まだお娘御のように見えた、若い母さんに手を曳《ひ》かれてお参りなさった、――あの、摩耶夫人《まやぶにん》の御寺へかの。」
なき、その母に手を曳かれて、小さな身体《からだ》は、春秋《はるあき》の蝶々蜻蛉に乗ったであろう。夢のように覚えている。
「それはそれは。」
と頷《うなず》いて、
「また、今のほどは、御丁寧に――早速御仏前へお料具を申そう。――御子息、それならば、お静《しずか》に。……ああ、上のその木戸はの、錠、鍵も、がさがさと壊れています。開けたままで宜《よろ》しい。あとで寺男《おとこ》が直しますでの。石段が欠けて草|蓬々《ぼうぼう》じゃ、堂前へ上らっしゃるに気を着けなされよ。」
この卵塔は窪地である。
石を四五壇、せまり伏す枯尾花に鼠《ねずみ》の法衣《ころも》の隠れた時、ばさりと音して、塔婆近い枝に、山鴉が下りた。葉がくれに天狗《てんぐ》の枕のように見える。蝋燭《ろうそく》を啄《ついば》もうとして、人の立去るのを待つのである。
衝《つ》と銜《くわ》えると、大概は山
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