》は日陰である。苔《こけ》に惑い、露に辷《すべ》って、樹島がやや慌《あわただ》しかったのは、余り身軽に和尚どのが、すぐに先へ立って出られたので、十八九年|不沙汰《ぶさた》した、塔婆の中の草径《くさみち》を、志す石碑に迷ったからであった。
紫|袱紗《ふくさ》の輪鉦《りん》を片手に、
「誰方《どなた》の墓であらっしゃるかの。」
少々|極《きまり》が悪く、……姓を言うと、
「おお、いま立っていさっしゃるのが、それじゃがの。」
「御不沙汰をいたして済みません。」
黙って俯向《うつむ》いて線香を供えた。細い煙が、裏すいて乱るるばかり、墓の落葉は堆《うずたか》い。湿った青苔に蝋燭《ろうそく》が刺《ささ》って、揺れもせず、燐寸《マッチ》でうつした灯がまっ直《すぐ》に白く昇《た》った。
チーン、チーン。――かあかあ――と鴉が鳴く。
やがて、読誦《どくじゅ》の声を留《とど》めて、
「お志の御|回向《えこう》はの。」
「一同にどうぞ。」
「先祖代々の諸精霊……願以此功徳無量壇波羅蜜《がんいしくどくむりょうだんはらみつ》。具足円満《ぐそくえんまん》、平等利益《びようどうりやく》――南無妙《なむみょ
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