》よく見まして存じております。いや、どうも。……」
 と胸を抱くように腕を拱《く》んで、
「小僧から仕立てられました、……その師匠に、三年あとになくなられましてな。杖とも柱とも頼みましたものを、とんと途方に暮れております。やっと昨年、真似方《まねかた》の細工場を持ちました。ほんの新店でござります。」
「もし、」
 と、仕切一つ、薄暗い納戸から、優しい女の声がした。
「端本《はほん》になりましたけれど、五六冊ございましたよ。」
「おお、そうか。」
「いや、いまお捜しには及びません。」
 様子を察して樹島が框《かまち》から声を掛けた。
「は、つい。」
「お乳《っぱ》。」
 と可愛い小児《こども》の声する。……
「めめ、覚めて。はい……お乳あげましょうね。」
「のの様、おっぱい。……のの様、おっぱい。」
「まあ、のの様ではありません、母《かあ》ちゃんよ。」
「ううん、欲《ほし》くないの、坊、のんだの、のの様のおっぱい。――お雛様《ひなちゃん》のような、のの様のおっぱい。」
「おや、夢を御覧だね。」
 樹島は肩の震うばかり胸にこたえた。
「嬢ちゃんですか。」
「ええ、もう、年弱《としよわ》の三
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