か。」
 舌はここで爛《ただ》れても、よその女を恋うるとは言えなかったのである。
「どの、お写真。」
 と朗《ほがらか》に、しっとり聞えた。およそ、妙《たえ》なるものごしとは、この時言うべき詞《ことば》であった。
「は、」
 と載せたまま白紙《しらかみ》を。
「お持ちなさいまし。」
 あなたの手で、スッと微《かす》かな、……二つに折れた半紙の音。
「は、は。」
 と額に押頂くと、得ならず艶《えん》なるものの薫《かおり》に、魂は空《くう》になりながら、恐怖《おそれ》と恥《はじ》とに、渠《かれ》は、ずるずると膝で退《さが》った。
 よろりと立つ時、うしろ姿がすっと隠れた。
 外套も帽も引掴《ひッつか》んで、階《きざはし》を下りる、足が辷《すべ》る。そこへ身体《からだ》ごと包むような、金剛神の草鞋《わらじ》の影が、髣髴《ほうふつ》として顕《あらわ》れなかったら、渠は、この山寺の石の壇を、径《こみち》へ転落《ころげお》ちたに相違ない。
 雛の微笑《ほほえみ》さえ、蒼穹《あおぞら》に、目に浮《うか》んだ。金剛神の大草鞋は、宙を踏んで、渠を坂道へ橇《そ》り落した。
 清水の向畠《むこうはた》のくず
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