ひとけはい》がした。
 樹島はバッとあかくなった。
 猛然として憶起《おもいおこ》した事がある。八歳《やッつ》か、九歳《ここのつ》の頃であろう。雛人形《ひなにんぎょう》は活《い》きている。雛市は弥生《やよい》ばかり、たとえば古道具屋の店に、その姿があるとする。……心を籠《こ》めて、じっと凝視《みつめ》るのを、毎日のように、およそ七日十日に及ぶと、思入ったその雛、その人形は、莞爾《にっこり》と笑うというのを聞いた。――時候は覚えていない。小学校へ通う大川の橋一つ越えた町の中に、古道具屋が一軒、店に大形の女雛《めびな》ばかりが一体あった。※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]長《ろうた》けた美しさは註するに及ぶまい。――樹島は学校のかえりに極《きま》って、半時ばかりずつ熟《じっ》と凝視した。
 目は、三日四日めから、もう動くようであった。最後に、その唇の、幽冥《ゆうめい》の境より霞一重に暖かいように莞爾《にっこり》した時、小児《こども》はわなわなと手足が震えた。同時である。中仕切の暖簾《のれん》を上げて、姉さんだか、小母さんだか、綺麗《きれい》な、容子《ようす》のいい
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