えって当時の、側室、愛妾《あいしょう》の手に成ったのだと言うのである。しかも、その側室は、絵をよくして、押絵の面描《かおかき》は皆その彩筆に成ったのだと聞くのも意味がある。
 夫人の姿像のうちには、胸ややあらわに、あかんぼのお釈迦様を抱《いだ》かるるのがあるから、――憚《はばか》りつつも謹んで説《い》おう。
 ここの押絵のうちに、夫人が姿見のもとに、黒塗の蒔絵の盥《たらい》を取って手水《ちょうず》を引かるる一面がある。真珠を雪に包んだような、白羽二重で、膚脱《はだぬぎ》の御乳《おんち》のあたりを装《も》ってある。肩も背も半身の膚《はだえ》あらわにおわする。
 牙《きば》の六つある大白象《だいびゃくぞう》の背に騎して、兜率天《とそつてん》よりして雲を下って、白衣の夫人の寝姿の夢まくらに立たせたまう一枚のと、一面やや大なる額に、かの藍毘尼園中《らんびにおんちゅう》、池に青色《せいしょく》の蓮華《れんげ》の開く処。無憂樹《むうじゅ》の花、色香|鮮麗《せんれい》にして、夫人が無憂の花にかざしたる右の手のその袖のまま、釈尊降誕の一面とは、ともに城の正室の細工だそうである。
 面影も、色も靉靆《た
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