いますと、――戸がしまっておりますが、二階家が見えましょう。――ね、その奥に、あの黒く茂りましたのが、虚空蔵様のお寺でございます。ちょうどその前の処が、青く明《あかる》くなって、ちらちらもみじが見えますわね……あすこが摩耶夫人様でございます。」
「どうもありがとう――尋ねたいにも人通りがないので困っていました。――お庇様《かげさま》で……」
「いいえ……まあ。」
「御免なさい。」
「お静《しずか》におまいりをなさいまし……御利益がございますわ。」
 と、嫁菜の花を口許《くちもと》に、瞼《まぶた》をほんのり莞爾《にっこり》した。
 ――この婦人《おんな》の写真なのである。

 写真は、蓮行寺の摩耶夫人の御堂《みどう》の壇の片隅に、千枚の歌留多《かるた》を乱して積んだような写真の中から見出《みいだ》された。たとえば千枚千人の婦女が、一人ずつ皆|嬰児《あかご》を抱いている。お産の祈願をしたものが、礼詣りに供うるので、すなわち活きたままの絵馬である。胸に抱いたのも、膝に据えたのも、中には背に負《おんぶ》したまま、両の掌《て》を合せたのもある。が、胸をはだけたり、乳房を含ませたりしたのは、さすが
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