桔梗ヶ池の、凄《すご》い、美しいお方のことをおききなすって、これが時々人目にも触れるというので、自然、代官婆の目にもとまっていて、自分の容色《きりょう》の見劣りがする段《ひ》には、美しさで勝つことはできない、という覚悟だったと思われます。――もっとも西洋|剃刀《かみそり》をお持ちだったほどで。――それでいけなければ、世の中に煩《うるさ》い婆《ばばあ》、人だすけに切っちまう――それも、かきおきにございました。
 雪道を雁股《かりまた》まで、棒端《ぼうばな》をさして、奈良井川の枝流れの、青白いつつみを参りました。氷のような月が皎々《こうこう》と冴《さ》えながら、山気が霧に凝って包みます。巌石《がんせき》、がらがらの細谿川《ほそたにがわ》が、寒さに水涸《みずが》れして、さらさらさらさら、……ああ、ちょうど、あの音、……洗面所の、あの音でございます。」
「ちょっと、あの水口を留めて来ないか、身体《からだ》の筋々へ沁《し》み渡るようだ。」
「御同然でございまして……ええ、しかし、どうも。」
「一人じゃいけないかね。」
「貴方様《あなたさま》は?」
「いや、なに、どうしたんだい、それから。」
「岩
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