来られまいなあ。」
「と言って、学士先生との義理合いでは来ないわけにはまいりますまい。ところで、その画師さんは、その時、どこに居たと思《おぼ》し召《め》します。……いろのことから、怪《け》しからん、横頬《よこぞっぽ》を撲《は》ったという細君の、袖《そで》のかげに、申しわけのない親御たちのお位牌《いはい》から頭をかくして、尻《しり》も足もわなわなと震えていましたので、弱った方でございます。……必ず、連れて参ります――と代官|婆《ばば》に、誓って約束をなさいまして、学士先生は東京へ立たれました。
 その上京中。その間のことなのでございます、――柳橋の蓑吉《みのきち》姉《ねえ》さん……お艶様が……ここへお泊まりになりましたのは。……」

      六

「――どんな用事の御都合にいたせ、夜中《やちゅう》、近所が静まりましてから、お艶様が、おたずねになろうというのが、代官婆の処《ところ》と承っては、一人ではお出し申されません。ただ道だけ聞けば、とのことでございましたけれども、おともが直接《じか》について悪ければ、垣根《かきね》、裏口にでもひそみまして、内々守って進じようで……帳場が相談をしま
前へ 次へ
全66ページ中58ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング