なら、生きておらぬ。咽喉笛《のどぶえ》鉄砲じゃ、鎌腹《かまばら》じゃ、奈良井川の淵《ふち》を知らぬか。……桔梗ヶ池《ききょうがいけ》へ身を沈める……こ、こ、この婆《ばばあ》め、沙汰の限りな、桔梗ヶ池へ沈めますものか、身投げをしようとしたら、池が投げ出しましょう。」
と言って、料理番は苦笑した。
「また、今時に珍しい、学校でも、倫理、道徳、修身の方を御研究もなされば、お教えもなさいます、学士は至っての御孝心。かねて評判な方で、嫁御をいたわる傍《はた》の目には、ちと弱すぎると思うほどなのでございますから、困《こう》じ果てて、何とも申しわけも面目《めんぼく》もなけれども、とにかく一度、この土地へ来てもらいたい。万事はその上で。と言う――学士先生から画師《えかき》さんへのお頼みでございます。
さて、これは決闘状《はたしじょう》より可恐《おそろ》しい。……もちろん、村でも不義ものの面《つら》へ、唾《つば》と石とを、人間の道のためとか申して騒ぐ方《かた》が多い真中《まんなか》でございますから。……どの面さげて画師さんが奈良井へ二度面がさらされましょう、旦那《だんな》。」
「これは何と言われても
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