して、その人選に当たりましたのが、この、ふつつかな私《てまい》なんでございました。……
お支度《したく》がよろしくばと、私《てまい》、これへ……このお座敷へ提灯《ちょうちん》を持って伺いますと……」
「ああ、二つ巴《どもえ》の紋のだね。」と、つい誘われるように境が言った。
「へい。」
と暗く、含むような、頤《おとがい》で返事を吸って、
「よく御存じで。」
「二度まで、湯殿に点《つ》いていて、知っていますよ。」
「へい、湯殿に……湯殿に提灯を点《つ》けますようなことはございませんが、――それとも、へーい。」
この様子では、今しがた庭を行く時、この料理番とともに提灯が通ったなどとは言い出せまい。境は話を促した。
「それから。」
「ちと変な気がいたしますが。――ええ、ざっとお支度済みで、二度めの湯上がりに薄化粧をなすった、めしものの藍鼠《あいねずみ》がお顔の影に藤色《ふじいろ》になって見えますまで、お色の白さったらありません、姿見の前で……」
境が思わず振り返ったことは言うまでもない。
「金の吸口《くち》で、烏金《しゃくどう》で張った煙管《きせる》で、ちょっと歯を染めなさったように見
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