が緋《ひ》の長襦袢《ながじゅばん》で、掻巻《かいまき》の襟《えり》の肩から辷《すべ》った半身で、画師の膝《ひざ》に白い手をかけて俯向《うつむ》けになりました、背中を男が、撫《な》でさすっていたのだそうで。いつもは、もんぺを穿《は》いて、木綿《もめん》のちゃんちゃんこで居る嫁御が、その姿で、しかもそのありさまでございます。石松は化けもの以上に驚いたに相違ございません。(おのれ、不義もの……人畜生《にんちくしょう》。)と代官婆が土蜘蛛《つちぐも》のようにのさばり込んで、(やい、……動くな、その状《ざま》を一寸でも動いて崩《くず》すと――鉄砲《あれ》だぞよ、弾丸《あれ》だぞよ。)と言う。にじり上がりの屏風の端から、鉄砲の銃口《すぐち》をヌッと突き出して、毛の生えた蟇《ひきがえる》のような石松が、目を光らして狙《ねら》っております。
 人相と言い、場合と申し、ズドンとやりかねない勢いでごさいますから、画師さんは面喰《めんく》らったに相違ございますまい。(天罰は立《た》ち処《どころ》じゃ、足四本、手四つ、顔《つら》二つのさらしものにしてやるべ。)で、代官婆は、近所の村方四軒というもの、その足でた
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