、蕎麦《そば》か饂飩《うどん》の御都合はなるまいか、と恐る恐る申し出ると、饂飩なら聞いてみましょう。ああ、それを二ぜん頼みます。女中は遁《に》げ腰《ごし》のもったて尻《じり》で、敷居へ半分だけ突き込んでいた膝《ひざ》を、ぬいと引っこ抜いて不精《ぶしょう》に出て行く。
待つことしばらくして、盆で突き出したやつを見ると、丼《どんぶり》がたった一つ。腹の空《す》いた悲しさに、姐さん二ぜんと頼んだのだが。と詰《なじ》るように言うと、へい、二ぜん分、装《も》り込んでございますで。いや、相わかりました。どうぞおかまいなく、お引き取りを、と言うまでもなし……ついと尻を見せて、すたすたと廊下を行くのを、継児《ままっこ》のような目つきで見ながら、抱き込むばかりに蓋《ふた》を取ると、なるほど、二ぜんもり込みだけに汁《したじ》がぽっちり、饂飩は白く乾いていた。
この旅館が、秋葉山《あきばさん》三尺坊が、飯綱《いいづな》権現へ、客を、たちもの[#「たちもの」に傍点]にしたところへ打撞《ぶつか》ったのであろう、泣くより笑いだ。
その……饂飩二ぜんの昨夜《ゆうべ》を、むかし弥次郎、喜多八が、夕旅籠《ゆうはた
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