様だと言う。姐《ねえ》さん……、境は少々居直って、どこか近所から取り寄せてもらえまいか。へいもう遅うござりますで、飲食店は寝ましたでな……飲食店だと言やあがる。はてな、停車場《ステエション》から、震えながら俥《くるま》でくる途中、ついこの近まわりに、冷たい音して、川が流れて、橋がかかって、両側に遊廓《ゆうかく》らしい家が並んで、茶めしの赤い行燈《あんどん》もふわりと目の前にちらつくのに――ああ、こうと知ったら軽井沢で買った二合|罎《びん》を、次郎どのの狗《いぬ》ではないが、皆なめてしまうのではなかったものを。大歎息《おおためいき》とともに空《す》き腹《ばら》をぐうと鳴らして可哀《あわれ》な声で、姐さん、そうすると、酒もなし、麦酒もなし、肴《さかな》もなし……お飯《まんま》は。いえさ、今晩の旅籠《はたご》の飯は。へい、それが間に合いませんので……火を引いたあとなもんでなあ――何の怨《うら》みか知らないが、こうなると冷遇を通り越して奇怪《きっかい》である。なまじ紹介状があるだけに、喧嘩面《けんかづら》で、宿を替えるとも言われない。前世《ぜんせ》の業《ごう》と断念《あきら》めて、せめて近所で
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